前史 日本のカレー

皆さんもご存知のようにカレーはインドの食べ物ですが、日本に伝わったのは1853年の江戸時代末期、ペリーの黒船来航以降の話です。

慶応義塾の創始者である福沢諭吉が中国語と英語の辞書に日本語のカタカナ読みと意味をつけて1860年に出版した『増訂華英通語』という辞書には「Curry」にはカレーでなく「コルリ」という読みが付けられていますが、それでもこの頃には開港された横浜の外国人から出入りの日本人を通して、他の西洋料理と同じくカレーが日本に伝わりました。幕府の遣欧使節一行が訪欧の船上で初めて、インド人がカレーを食べていたのを見た、という記録もあります。

明治になると陸軍幼年学校やクラーク博士で有名な札幌農学校で洋食のひとつとしてライスカレーがよく食べられていたという記録や、海軍が艦内での食事に多用したという記録もあり、カレーの発祥が海軍の軍港であった横須賀であるという人もいますが、やはり横浜が最初でしょう。明治30年代になるとカレーライスはチャブヤ(今で言えば洋風居酒屋)の洋食メニューの定番になりました。日本郵船の外国航路のメニューや東京の食堂でも人気の料理となり、明治37年頃にはカレーうどんも誕生、40年には青森駅の待合所の食堂でもカレーライスが売られ、41年には大阪でカレー南蛮が誕生して、いよいよ日本流の国民食に進化し始めます。

カレーパンの誕生

日本人は外国の料理を日本人好みに巧みにアレンジする才能があります。世界中で世界の料理が現地より日本人にとっておいしい料理として出されていると言えるほど見事な創意工夫は、料理に限らず日本人の性質なのかも知れません。カレーうどんやカレー南蛮などカレーに限らず、アンパンや揚げパンなどもこの頃の工夫の歴史です。

ところでカレーパンは、意外と新しく昭和の時代になってから誕生しました。1927(昭和2)年、東京の下町のパン屋さんが実用新案登録して世に出たものです。当初は「洋食パン」という名前でしたが、中にカレーが入っているのでいつとはなしにカレーパンと呼ばれるようになり、今に至っています。西洋のパンの中にインドのカレーを入れるというアイディアも日本人以外は誰も思いつかなかったようで、カレーパンは日本オリジナルの料理と言えます。アンパン同様、パンの中にジャムを入れたり、チョコレートを入れたりするものもあり、またアンパンを揚げたアンドーナツというものもありと、その創意工夫のレパートリーは様々なチャレンジ精神の開花のようですね。だから、どこの誰の発明かというより、そのレシピはオープンソース(公開された情報)として広く民衆に広がり、さらに工夫や努力で一層おいしい食べ物になっているのだと思います。そして、だからこそ今度は作り手の姿勢が大切になり、それぞれの持ち味や違いを楽しめるブランドが作られていくのではないでしょうか。

手作り工房 元祖横浜カレーパンの特徴

弊社のカレーパンは、横浜での手作り販売がスタートでした。現在、弊社は車での移動販売を専門にしています。そして、車での移動販売なのに、手作り工房「元祖横浜カレーパン」と謳っているのは、その横浜での出来たて、揚げたてのカレーパンを売り続けているからです。つまり、横浜での伝統のカレーを具として、昔から変わらぬ天然酵母の発酵と化学調味料などがない無添加の揚げたてを提供した、その頃と変わらぬおいしさを守っている販売方法だからこそです。ですから、インターネットの時代に、冷凍での配送でなく、頑固に専用販売車で車中発酵、お客様の目の前で揚げたてのカレーパンを食べていただくという売り方をしています。皆様がおいしい食堂に出かけていってお食事するように、持ち帰るとしても出来るだけお客様の近くで出来たて、揚げたてのカレーパンを提供したいのです。宅急便などで冷たくなったパンを送るのでなく、出来るだけお客様の近くへ店舗・工房を移動してでも揚げたてのカレーパンをお届けしたいのです。だから専用車両による移動販売にこだわってきました。冷たくなった大量生産のカレーパンでなく、昔ながらの出来立てのカレーパンをぜひ食べてみてください。これが本物の横浜カレーパンの味です。
販売方法は、イベントなどでお呼びいただくか、何かのイベント企画での買い取り出張販売があります。また、一部定期販売の地域もありますので、詳しくはお問合せ、あるいは販売カレンダーをご覧ください。